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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)11号 判決

京都府長岡京市今里貝川三番地の一五

控訴人

岡村武司

右訴訟代理人弁護士

岩佐英夫

吉田眞佐子

京都市右京区西院上花田町一〇番地の一

被控訴人

右京税務署長 板橋三郎

右指定代理人

本田晃

石井洋一

小畑圭一

梅澤保仁

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対し、平成二年一二月二五日付けでした控訴人の昭和六二年分ないし平成元年分の各所得税更正処分のうち、原判決添付別紙1の右各年分の確定申告欄記載の総所得金額(事業所得の金額)を超える部分及びこれに対する右各年分の過少申告加算税額の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五頁一〇行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「これを敷衍すれば、次のとおりである。

(1)  現行税制は、自主申告納税制度を採用しており、納税者の自発的協力を得て税収を確保するという考え方に立っているのである。

昭和五一年の国税庁「税務運営方針」(甲二三)は、反面調査は客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととすると定めている。また、昭和二六年一〇月一六日付けの国税庁長官通達(直所一-一一六国税庁長官発各国税局長宛)は、通常銀行取引があると認められ又は銀行取引のあることを推定するに足りる相当な事由があり、且つ、その銀行取引を調査しなければ取引の事情が明らかとならない場合にはじめて反面調査が許されるとしている。

したがって、税務調査は、まず、納税者本人の帳簿や資料を調査し、本人に質問する等の調査を尽くした上、これらによっても事案の解明ができない場合に始めて第三者に対する反面調査が許されるのである。ことに、控訴人のような下請業者については、その得意先に対する反面調査は影響が大きいから、銀行に対する反面調査より以上に厳格かつ慎重に行われなければならないのである。

(2)  本件において、調査担当職員は、平成元年一〇月一一日、控訴人に対し事前通知をしないまま突然、京都府城陽市内にある控訴人の事務所を訪れたが、帳簿類が、京都府長岡京市内の控訴人の自宅に置いてあったため、改めて同年一一月一七日に控訴人の自宅で調査を行うことになった。しかるに、同調査担当職員は、控訴人の帳簿類を一切調査せずに、最初の臨場日である一〇月一一日から三日後にいきなり反面調査を行うに至ったのである。また、同調査担当職員は、同年一一月一七日及び平成二年二月七日の控訴人宅における調査においても、立会人がいるというだけで、控訴人の提出した帳簿類を調査しなかったのである。その後、同調査担当職員は、平成元年度分も調査対象としたが、同様に控訴人本人への調査を尽くさないまま得意先の反面調査を行うに至ったのである。同調査担当職員は、控訴人に対する税務調査の際、守秘義務を理由に立会人を認めなかったが、守秘義務はこれを認めない理由となるものではなく、不当である。

控訴人は、同調査担当職員による反面調査の結果、少なくとも、取引先である焼研工業株式会社、株式会社鳳彰商事、アカイ電子工業株式会社、株式会社星山組について、これらの取引先からの発注が減少ないし停止し、最終的には、全ての取引が停止されるという被害を被ったのである。

(3)  同調査担当職員による本件反面調査は、控訴人が第三者の立会のもとに調査に応じる態度を示していたにもかかわらず、これを調査拒否であるとして、控訴人本人に対する調査をしないまま行われており、また、控訴人の了承を得たり、控訴人を通して取引先に連絡したりすることなく行われており、さらに、取引先に対する面接調査を二回もするといったやり方で行われており、いずれにしても、裁量権の濫用であり、違法であることは明らかである。」

2  同一〇頁八行目の次に行を改め、次のとおり付加する。

「この点をさらに次のとおり敷衍する。

(一)  所得税法二三四条一項の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施細目については、質問検査の必要があり、かつ、相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているのである。

そして、質問検査の対象者を同条項一号所定の納税義務者等に限定するか、三号所定の者にまで押し及ぼすかは、右実施の細目的事項であり、社会通念上相当な限度内である限り、税務職員の合理的選択に委ねられているのであって、三号の反面調査が一号の臨宅調査等の補充的規定であって、後者の調査が不可能である場合に限り許されるものではない。

(二)  控訴人は、調査担当職員が調査のために初めて臨場した際、税務調査に協力するという態度を示さず、第三者の立会がなければ帳簿書類を見せないという態度をとった。

控訴人が反面調査後に得意先を失ったという事実を認めることはできない。仮に、控訴人が反面調査後に取引先との取引を打ち切られた事実があるとしても、取引先の事業形態の変更、当事者間の取引条件の変更等により取引先が変わることはあり得ることであり、その原因が反面調査にあるということはできない。

(三)  反面調査の方法は、照会文書を送付して回答を求め、その内容を必要に応じて売上先に臨場し、確認するというものにすぎないものであるから、調査担当職員が控訴人への最初の臨場後間もなく反面調査に着手し、それ以降も控訴人に対する調査に並行して反面調査を行ったことは、違法とはいえない。

仮に、本件税務調査において何らかの違法な点が認められるとしても、税務調査の手続自体が課税要件となるものではなく、その違法性の程度が刑罰法令に触れたり、公序良俗に反する程度に至った場合に、これによって収集した資料を課税処分の資料として用いることができず、ひいては課税処分が違法として取り消されることがあるにすぎないのである。本件において、このような事情が存在しないことは明らかであるから、本件調査の違法性を理由として、本件各課税処分の取消を求める控訴人の主張は失当である。」

第三判断

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり、付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二二頁六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、調査担当職員が、税務調査のための最初の臨場時から三日後に反面調査に入り、その後も控訴人に対する調査をしないで、反面調査を続行したことを違法である旨主張する。しかし、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられていることは、前期のとおりであり、反面調査についても、このことは当てはまるのである。また、反面調査は、所得税法二三四条一項一号の臨宅調査等の補充的なものであって、これが不可能である場合に限り許されるものと解すべきではなく、ただ、納税義務を負う者に対する調査に比してより慎重な配慮を要するものということができるのである。これを本件についてみると、調査担当職員は、控訴人の事業所に初めて臨場し、帳簿書類の提示を求めたところ、控訴人は、帳簿を付けているが、提示してもどうせ調査をするであろうし、取引先も取引金額も前回調査時と変わらない旨を告げ、第三者の立会がなければ帳簿類の調査に応じない態度をとり、調査に非協力的な態度を示したため、同調査担当職員は、控訴人に対する調査を進めることができないまま、取引先について、当方で調査をさせてもらう旨述べたこと、控訴人は、その後も一貫して、第三者の立会がなければ、帳簿等の調査に応じないという態度をとり続け、同調査担当職員は、控訴人本人に対する調査を進捗させることができなかったこと、そのため、調査担当職員は、控訴人本人に対する調査未了のまま、控訴人の取引先に照会文書を送付し、必要に応じて取引先に臨場して確認したこと、が認められる(原審証人田辺芳男の証言、原審における控訴人本人の供述、弁論の全趣旨)。したがって、調査担当職員としては、控訴人が税務調査に非協力的態度をとり、その後もこのような態度をとり続けることが明らかであると判断し、比較的に早い段階で控訴人本人に対する調査未了のうちに反面調査を実施したからといって、社会通念上相当な限度を超えた違法なものということはできないのであって、控訴人の右主張は理由がない。」

2  同九行目の「その旨に沿う証拠」から同二三頁四行目までを、次のとおり改める。

「その旨に沿う証拠(甲一七、二九ないし三三、原審及び当審証人岡村和男、原審における控訴人本人)もある。しかし、控訴人二九ないし三三、当審証人岡村和男の証言によれば、反面調査の行われた控訴人の取引先のうち、焼研工業株式会社、アカイ電子工業株式会社、株式会社星山組は、現在、控訴人と取引関係が中止されていることが認められるものの、控訴人とこれらの取引先との従前の取引関係も一様ではなく、従前にも長期に渡り取引関係のなかった時期もあったことが認められ、反面調査と取引関係の打切りとの関係も必ずしも明確ではないと言わざるを得ないのであって、右各証拠から直ちに控訴人主張の事実を認めることはできない。また、仮に本件反面調査がきっかけとなり、控訴人の取引先との取引関係の打切りがなされたとしても、もともと本件反面調査を実施したこと自体に何らの違法のなかったことは前記のとおりであり、調査方法も、控訴人の取引先に照会文書を付し、必要に応じて、取引先に臨場して確認するというものであったことが認められ、特に問題のある方法が採られたわけではないから、本件反面調査が控訴人の取引先との取引関係の打切りのきっかけを与えたからといって直ちに違法になるというわけのものではないというべきである。」

二  よって、右と結論を同じくする原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 井土正明 裁判官 赤西芳文)

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